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第三十五話 弟の秘密、重なった鼓動①

last update Last Updated: 2025-07-21 06:01:04

【二〇二五年 杏】

 家の窓から明かりが漏れている。

 きっと新が待っていてくれているんだ。

 そう思いながら、私はいつも通り扉を開けた。

「ただいまー」

 その瞬間、目の前の光景に足が止まる。

 新が、女の子とキスをしていた。

 玄関で抱き合い、夢中になって唇を重ねている。

「えっ……」

「あっ」

「きゃっ」

 私の声に、二人が驚いて離れる。

「姉さん……」

 新は気まずそうに視線を彷徨わせ、

 女の子も真っ赤な顔でうつむいた。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 私は慌てて玄関の外へ逃げ出し、扉を閉める。

 胸がバクバクと音を立てていた。

 深く息を吸って落ち着こうとしたそのとき、背後で玄関の扉がそっと開く音がした。

 先ほどの女の子が顔を背けるようにして飛び出し、そのまま走り去っていく。

 私は呆然と彼女の後ろ姿を見送った。

「姉さん……とりあえず、入りなよ」

 新が気恥ずかしそうに、けれど優しく声をかけてくる。

「……う、うん」

 なんだか恥ずかしくて、私は俯いたまま頷いた。

 テーブルの前に座った私の前に、ホットコーヒーが差し出される。

「どうぞ」

 新が淹れてくれたようだ。

 自分の前にもコーヒーを置いた新は、私の向かいに腰を下ろし、気まずそうに視線を泳がせる。

「あ、ありがとう」

 私は気持ちを落ち着けるために、それを思い切り飲み込んだ。

「ごほっ、ごほっ……」

 案の定、むせた。

「姉さん、大丈夫? 慌てるからだよ」

「はははっ、ごめんごめん」

 新が心配そうに立ち上がり、私の背中を優しくさすってくれる。

 その温かさに、少しだけ肩の力が抜けた。

 しばらくして咳も治まり、ようやく息が整ったところで、私は静かに切り出す。

「ねえ

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
新くん、ちょっとタイミング悪かったかもですね... 彼に彼女がいるのは、もちろん彼の自由だし、そこに何か言うつもりはないんです... でも……杏が修司さんのお兄さんのところに行くって知ってたのに、あのタイミングで彼女とイチャイチャしてたのを見ると……ちょっと複雑な気持ちになっちゃって…… それも彼の自由なのは分かってるけど、お姉さんの杏のこと……少しは心配じゃなかったのかなって、思っちゃいました...
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